2010年4月 7日
宝塚大劇場
1924年開場。座席数3,500。宝塚歌劇の創設当初に公演を行っていた『パラダイス劇場』(プールを改造したもので火事により焼失)に代わり、1992年まで多くの作品が上演された。
竣工当初は歌舞伎座や南座などの歌舞伎劇場と同じような花道が設置されていたが『銀橋』の新設に伴い撤去され、銀橋と舞台袖の道に、花道の役割が当てられるようになった。
1927年9月1日に日本で最初のレビュー『モン・パリ』を上演して以降、レビュー作品を次々と上演して黄金時代を迎えた。
1935年、火事に見舞われたが早急に復興され、4月に再開。 天津乙女、三浦時子、橘薫、小夜福子、葦原邦子、草笛美子、初音麗子、霧立のぼる、轟夕起子等の多くのスターがこの時代を彩った。
しかし、戦局の悪化につれて戦争を意識した作品が多くなり、1944年『勧進帳/翼の決戦』を最後に大劇場は閉鎖、海軍に接収された。
1945年、日本の敗戦でアメリカ軍に接収されたが、後に返還され、1946年『カルメン/春のをどり(愛の夢)』で再開。春日野八千代、乙羽信子、越路吹雪、月丘夢路、淡島千景、久慈あさみ、有馬稲子などのスターが戦争で傷ついた人々の心を癒した。 その後1950年代から60年代にかけては、『虞美人』、『シャンゴ』、『ジャワの踊り子』、『華麗なる千拍子』、『ウエストサイド物語』など数々の代表作を上演し、寿美花代、高千穂ひづる、明石照子、新珠三千代、八千草薫、淀かほる、浜木綿子、那智わたるなどのスターが活躍する。
1958年4月1日、花組が公演していた『宝塚春のおどり/花の中の子供たち』の上演中に、代役で出演していた月組の香月弘美が死亡するという事故が発生した。
1974年に『ベルサイユのばら』、1977年に『風と共に去りぬ』が上演され、初風諄、榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳、松あきら、上原まり、瀬戸内美八、順みつきなどのスターが彩りを添える。
1980年代には麻実れい、峰さを理、高汐巴、大地真央、黒木瞳、剣幸などのスターを輩出した大劇場であったが、60年以上の歳月で老朽化。
同じ敷地内に新しい設備の整った新大劇場が建設され、1992年11月の杜けあきさよなら公演『忠臣蔵』を最後に68年の幕を閉じた。
宝塚歌劇以外では、ヘルベルト・フォン・カラヤンとNHK交響楽団の演奏会(1954年)やNHKイタリア歌劇団の上演(1956年、1959年)、越路吹雪リサイタル(1975年)なども行われた。ほか、毎年1月にアマチュアトップコンサートが開催される。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
宝塚大劇場は1924年開場、兵庫県宝塚市栄町にある劇場です。
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